「物は永遠ではない」という視点
「物を手放す」という行動は、ミニマリストにとって当たり前のように語られるテーマですが、なぜ手放す必要があるのでしょうか?
その理由の一つに、「物は必ず朽ちる」という現実があります。
この事実は誰しも頭では理解しているものの、なかなか実感を伴って受け入れられないものです。私自身も長くその感覚がわかりませんでした。しかし、あるときふとした瞬間に、「あぁ、これが朽ちるということか」と気づいた経験がいくつかあります。
本記事では、私がミニマリストになるきっかけとなった「物の朽ち方」について、身近な例を挙げながらお話ししていきます。そして、それを踏まえて、ミニマリストとしてどのように物と向き合い、どのように手放していくのが良いかをお伝えします。
物が朽ちていく瞬間とは?
汚れ続けるスマートフォン
私が最初に「物は確実に劣化している」と強く感じたのは、iPhoneを掃除したときでした。
毎日触っているスマホ。特に気にも留めず使っていたのですが、ある日、アルコールを染み込ませたティッシュで画面を拭いてみると、驚くほど黒い汚れが取れたのです。これは手垢や空気中の雑菌、油分が長年蓄積したもので、確実にiPhoneを劣化させていました。
汚れが溜まれば、画面の感度も鈍り、ボタンもベタつき、最終的には使いづらい状態に。汚れとは、物の朽ちの第一歩なのだとそのとき初めて実感しました。
色あせる紙類
次に気づいたのは、保管していた紙類の変色です。
お気に入りの雑誌や大切な手紙。特別な思い入れのある紙類を棚の中に丁寧にしまっていたのですが、久しぶりに取り出すと日焼けして黄ばんでいたのです。特に白い紙は時間とともに変色しやすく、少しずつ劣化が進んでいきます。
保存状態に気をつけても、空気中の湿気や光を完全に防ぐことはできません。紙は「永久保存できるもの」ではないという現実を、ここで痛感しました。
劣化するプラスチック製品
意外と見落としがちなのがプラスチック製品の劣化です。
ある日、収納ケースの取っ手がポキッと折れてしまいました。見た目はまだまだ綺麗で、割れるなんて思ってもみませんでしたが、経年劣化によって内部がもろくなっていたのです。
日常生活の中で当たり前に使っているものほど、少しずつ劣化していきます。そしてその兆候は、目に見えない形で進んでいることがほとんどです。
錆びる金属・壊れる家電
金属製の道具も時間とともに劣化します。たとえば、キッチンの道具やアクセサリー。メッキが剥がれて変色したり、細かい傷が蓄積してしまいます。
また、家電製品も見逃せません。中でも電解コンデンサーの寿命が来ると突然動かなくなることがあります。見た目には異常がなくても、内部では部品が朽ちていっているのです。
「使わずに持ち続ける」ことのリスク
ここまでの例を通して言えるのは、「使わないまま持ち続けること」こそが最大のリスクであるということです。
人間の感覚では「まだ使えるかも」「壊れてないから取っておこう」と思いがちですが、実際には物は静かに確実に劣化しています。そして気づいたときには、売ることも、譲ることもできない状態になってしまっていることが多いのです。
物は朽ちる前に「誰かに使ってもらう」
私がミニマリストとして大切にしている考え方の一つに、
「物は朽ちる前に、必要としている人に渡す」
というものがあります。
メルカリやジモティー、リサイクルショップなどを活用すれば、まだ使える状態のうちに誰かに譲ることができます。自分では不要になった物でも、他の人にとっては十分価値があることもあります。
誰かに使ってもらえれば、物の寿命も延びますし、地球にも優しい。そして、自分の暮らしもスッキリする。まさに一石三鳥です。
手放す基準は「いつか使う」ではなく「今使ってるか」
物を手放すタイミングでよくある迷いが、「いつか使うかもしれない」という気持ちです。しかし、「いつか」はなかなか来ません。
私自身の基準はシンプルで、
・今使っているか?
・1年間使ったか?
・すぐ人に譲れる状態か?
この3つです。迷ったら「物の朽ちるスピード」を思い出してみてください。それが、手放す後押しになるはずです。
物の最期を想像して、今どうするかを考える
私たちが所有する物には、それぞれ寿命があります。そしてその寿命は、使わずに置いている間にも確実に減っていきます。
だからこそ、「物は朽ちる」という現実を受け入れ、まだ誰かに使ってもらえるうちに手放すことが大切です。
ミニマリズムは、ただ「物を減らす」というだけの思想ではありません。物の本質と向き合い、その価値を最後まで活かすための考え方でもあります。
ぜひ皆さんも、自分の身の回りの物を見つめ直し、「この物、今が手放し時かも」と感じたら、勇気を出して次の人にバトンを渡してみてください。
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